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暮しを楽しむの手帖
小料理まさ#1 料理をしたことがない青年が運命に引き寄せられるように入った「調理師紹介所」

熊本県八代市の中心市街地にある本町・通町商店街。
球磨川水系の1つ、前川と並走するように東西へ730メートルも伸びるアーケード商店街の一角に「小料理まさ」はあります。

店主を務めるのはこの道60年の石本正行さん。
御年78歳とは思えない小気味の良いしゃべり口調とかくしゃくとした雰囲気が印象的な石本さんに「なぜ料理人になったのか」とインタビュー。すると、10~20代の若かりし石本青年の身に起きたドラマのような自伝をお話ししてくださいました。

料理人になったのは“たまたま”だった!?

石本さんはなぜ料理人になろうと思ったのですか?

石本さん:実は、若い頃は料理人になろうなんて思っとらんかった。中学校ば卒業してからすぐに集団就職で愛知県に行って。3年くらいかな。自動車部品の工場で働いてたね。

集団就職!時代を感じます。

石本さん:その後、八代に戻ってきたっちゃけど、いろいろあって親戚を頼って大阪で仕事を探すことになったんよね。朝早くに大阪梅田駅で電車を降りて、お金がないから御堂筋をずーっと歩いて回って。そしたら「調理師紹介所」っていう看板が目に入ったんです。

そういう職業あっせん所みたいな場所があったんですね。

石本さん:なんとなく気になって建物に入って「おはようございます!」って元気に挨拶したら、「見たことない奴やな」みたいな怪訝な顔をされてね。「九州から出てきました。仕事を紹介してください!」ってお願いしたんです。

『千と千尋の神隠し』みたいですね。ちなみに、当時の石本さんって料理のご経験は・・・?

石本さん:なかさ(笑)!料理の「り」の字も知らんし、免許もなかったけどなんとか「見習い」として雇ってくれる料理屋が見つかった。1930年代やけど月給9,000円くらいやったかな。信じられんくらい安月給やったけど、無一文になるよりマシかなって。

未経験で料理の世界に飛び込んだ、そのアグレッシブさに脱帽です。

石本さん:もちろん、最初は皿洗いくらいしかやることがなかった。それで先輩から「厨房にいても邪魔だから表に立ってろ」と言われてカウンターで注文を受けたり盛り付けられた料理を出したりしていたら常連さんから「あの新人は仕事が早いな」って噂になって(笑)。

その実、他の方が調理したものを威勢よく提供しているだけだった(笑)?

石本さん:そうそう。先輩には「お前、ええかっこしようとすんな」なんて注意されましたが、「じゃあ、先輩がカウンターに立ってくださいよ」「厨房で仕事できるように調理も教えてください」なんて言い返して。若い頃はボディービルやってて怖いもの知らずだったからね。

大阪では何年くらい料理人として修業されていたのですか?

石本さん:それから20年くらいかな。大阪で修業を続けて料理人としても人間としても成長することができた。もし、あの時、大阪に来ていなければ、調理師紹介所に入らなければ、今の自分はなかったと思うので、人生ってめぐり合わせやな、と感じています。

「まあ、独身やったけんできたと思うよ。身軽だから好き勝手やれるっていうのは、若者の特権なんやろうねえ」と昔を懐かしむように笑う石本さん。“人情あふれる昭和”を地で行く石本さんのエピソードをお聞きしていると、戦後~高度成長期に日本を元気にしようと奮闘した方々の想いにふれることができたように感じました。

取材・執筆/Komori Daigo

INFORMATION
小料理まさ

熊本県八代市本町一丁目10-3 ( Google MAP

営業時間:

17:00~22:00(定休日/日曜)※日曜営業の場合は翌日休

TEL: 0965-32-2516